神社巡りガイドブック

神社巡りのツアー行程、歴史や見所のポイントをご紹介しています

【和歌山三重・神社巡り】熊野三山を中心とする神社巡りツアー

熊野とはどういう土地なのでしょう?

DNAに盛り込まれている…と言ったらちょっと言い過ぎかもしれませんが、「熊野」という土地が気になる、憧れる、といった人は多いのではないでしょうか。

神社好きはもちろんのことです。

しかし熊野にイメージすることは様々で、これといった定まりもなく、実態がはっきりとしません。

簡単にあげてみても、

  • 熊野神社の総本山
  • 神話の地
  • よみがえり、冥界との接点
  • 神武東征の舞台
  • 神道、仏教、修験道、それ以前の信仰が入り混じる
  • 伊勢と肩を並べる
  • カラス文字と牛王宝印

とバラエティに富んでいて、熊野を研究する本を手に取っても、それぞれの解説や跡を知ることはできても、これだ!となかなか掴みとることができません。

だからこそ魅力溢れ、憧れるのかもしれませんね。

本記事では熊野を読み解くところまではできませんが、要所、見どころについてまとめていますので、旅の参考にしてもらえればと思います。

そして是非熊野の地に足をすすめ、全身で熊野を感じていただきたいと思います。

この工程は、1泊2日あれば消化できると思いますが、できれば前乗りをして、スタートは早朝から始めると、各地を充分に見て回ることができると思います。


 

大馬神社

おおまじんじゃ、と読みます。

巨木が立ち並び、苔むして、人もあまり寄り付かない、とても清々しい神社です。

写真には含めていないですが、巨石もゴロゴロと転がっています。

参道は小山を登る感じですが、数分で本殿につくのでご安心を。

三重県熊野市井戸町4333(駐車場あり)

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熊野へ訪れる人々を脅かす賊を坂野上田村麿が鎮圧。

二度と悪さをしないように、賊の頭の首を落とし埋めたのがこの地の始まりとされるのは、平安時代のこと。

アマテラス神、アメノコヤネ神、ホンダワケ神などをまつり、野国の総鎮守もつとめます。

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本殿裏には滝が流れ、その下流は天然の手水舎になっています。

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大馬神社の参道へつづく橋。

参拝した当日はお祭りの前日ということで、地元の皆様が草むしりをされていました。(2017年7月31日のことです)

こちらの橋はまもなく塗り替えるとのことで、その前の貴重な一枚。

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大馬神社から海に向かうこと20分、横から見た獅子のように見える獅子岩

大馬神社の阿の狛犬とされています。

参拝中には行きにくいので、前か後に工程を組むとよいと思います。

神仙洞にある人面岩が吽の狛犬だそうですが、現在はやや残念な状況のようで…。


 

産田神社

うぶたじんじゃ、と読みます。

弥生時代からあるといわれる古社。

ひっそりとしたたたずまいは、神話で伝えられる出来事を物語っているのでしょうか。

三重県熊野市有馬町1814(駐車可)

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神話では、イザナミ神はカグツチ神を産んだ時に焼け死んでしまった、と伝えられます。

そしてその現場候補のひとつが当地

黄泉にもっとも近い場所の一つとも言えましょう。

本殿の目の前までいくには、靴を脱いで、白石の上を歩いていきます。

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本殿両脇にある何気ない積み石。

ここに落ちた枯れ葉などは掃かずに手で取り去るようにと、昔から大事に扱われてきたそうです。

1960年、この積み石が二千年前の祭祀跡と判定されたそうです。

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ちょっと踏ん張り顔でかわいかった狛犬

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白黒で面白いと思っていたら、熊野でとれる那智黒石だと思われます。

碁石、すずりなどに使用されるそうです。

境内の摂社にて。


 

花の窟神社

はなのいわやじんじゃ、と読みます。

産田神社のセットといえる神社です。

社殿はなく、巨石がご神体。

それはどうやら巨大な墓石といえそうです。

三重県熊野市有馬町上地130(駐車場あり)

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焼け死んだと神話で伝わるイザナミ神と、愛する妻を失った父から殺されたカグツチ神の墓(候補の一つ)といわれるのが当地。

その魂を祀るために、花を飾り、笛太鼓を鳴らし歌い踊って祭りすることが、花の窟(いわや)のいわれだそうです。

こちらはイザナミがまつられます。

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こちらはカグツチ神をまつります。

この神様は防火で有名ですが、イザナミ神が最後に産んだ、父から斬殺された、血から多数の神様が生まれたので、生と死、破壊と再生といったテーマが詰まっています。

イザナミの子にふさわしいですね。

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手水舎の横にも大きな岩。

まん丸で可愛らしいですよね。

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こちらの奥に黄金竜神がまつられます。

社殿に竜神祝詞がおいてありますので、ぜひ読み上げてみてください。

ゆたかな参拝体験となることでしょう。

ちょっと一息

花の窟神社の向かいには「道の駅・花の窟」があります。

こちらで地元のもののお買い物や、お茶をのみながら休憩することができます。

三重県熊野市有馬町137(駐車場あり)


 

神内神社

こうのうちじんじゃ、と読みます。

正確なことはわかっていないようですが、紀元前より神様がおりる地とされていたようです。

鳥居をくぐると、樹々と岩が一体化して境目がわからなく、想像もつかない程の時間をかけて今があることを感じることができるかと思います。

周辺も歴史が詰まっているので散策してみると面白いです。

拝殿横の社殿に「神内の伝承や昔話」という冊子がありますので、要チェックです(値段は書いていないですが、お心付けを置いていきましょうね)

三重県南牟婁郡紀宝町神内958(駐車場あり)

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イザナミ神、イザナミ神が一女三男を産んだ地と伝えられる地で、かつては神皇地(こうのち)と呼ばれていたいたそうです。

アマテラス神から初代天皇につづく五世代の神々をまつります。

子宝、安産の祈願に訪れる方も多いそうです。

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神内神社のご神体。

当社は本殿がなく、巨石がご神体になります。

熊野にはそういった神社が多かったそうですが、明治以降少なくなってしまったようです。

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由来はわかりませんが、蘇りの木と言われているそうです。

熊野は蘇りの地といわれることに関係しているのでしょうか。

生命力溢れる大先輩であります。

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こちらは安産樹と呼ばれます。

同化してわかりにくいですが、木の根幹が自然石を包み込んでいます

お母さんが子どもを大事に抱えているようでありますね。

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横を流れる神内川を100m程下ったところにある古神殿。

原始時代からの神殿といい伝えられ、屋根の形跡があるそうです。

更に下流禰宜島の巫女が神さまのお告げを言いわたす場所だったとも伝わり、当社の元宮と考えられています。

現在は私有地らしいので、散策は要注意です。

禰宜島の話

子安の宮とも呼ばれる神内神社では、子授け、安産、子供の成長などのお参りや祈祷が盛んに行われてきました。

一方、近隣の禰宜島といわれる地では、子だくさんで生活に困る母親が、祠にある井戸の水を真夜中に浴び、子どもができないように祈る、ということが行われていたそうです。

それでもできてしまった子どもは水神さまに返したという伝説もあるとか。

祠の神さまは裏神さまと呼ばれていたそうです。


 

熊野速玉大社

熊野信仰の中心をなす一社。

どこを見ても隙のない美しさがある神社です。

今回は参加できませんでしたが、熊野観心十界曼荼羅の解説を拝聴することができるそうです。

和歌山県新宮市新宮1番地(駐車場あり)

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熊野三山の一社。

熊野信仰の原点ともいわれる霊石ゴトビキ岩に対して、当社を新宮と呼ぶそうです。

社殿ができたのは約1900年前。

クマノハヤタマ神が主な神様で、イザナギ神とも解釈されます。

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素晴らしく美しいですね。

社殿の屋根を撮るのが好きであります。

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ご神木であるナギの木は平重盛によるもの。

ナギの葉は熊野の神さまのお告げが現れるといわれ、熊野詣の証でもあるそうです。

熊野詣の最中に平治の乱を知った平清盛が、熊野権現のご加護としてナギの葉を身につけて京都に戻り、勝利おさめたとか。

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境内の恵比寿神社には木槌が。

はて?と思い調べると、えびす様は耳が遠い説があるそうです。

大阪の今宮戎神社の本殿裏にはドラがありましてこれも謎でありましたが、すべては恵比寿さんをお呼びするためのアイテムのようであります。

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熊野といえばヤタガラスです。

神話に登場し、後に初代天皇となるカムヤマトイワレヒコを導いた存在です。

そしてとても謎多き存在でもあります。

三本足とされますが、これを証明する記録はないそうです。

当社では「天・地・人」の象徴や、代々熊野の神さまに仕えた宇井氏、鈴木氏、榎本氏をあらわすと考えているそうです。


 

神倉神社

ちょっとした山登りになる神社です。

片道はだいたい20分。

前半はかなり急な階段が続きますが、中盤からゆるくなるのでご安心を。

もし急な階段がこわい場合は、別ルート(女坂)もあるのですが、そちらもなかなかワイルドのようです……。

車で移動している場合、周辺道路がせまいのでお気をつけて。

駐車場の横に出雲大社分詞があるので、こちらにも是非ごあいさつしたいところ。

和歌山県新宮市神倉1丁目13-8(駐車場あり・少なめ)

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熊野信仰の神々がもっとも最初に降りたのが当地の霊石ゴトビキ岩といわれますが、現在はアマテラス神とタカクラジ神をまつります。

カムヤマトイワレヒコが大和を目指した際に登った天磐盾が当地とも伝わりますが、熊野の神の古い書物にはそれを裏付ける記述はないそうです。

社殿の少し右側に、祭祀跡と思われる場所が残っていますので、そちらにも参拝されるとよろしいかと思います。

ゴトビキとはヒキガエルのことだそうです。

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538段ある階段は源頼朝からの贈り物。

毎年2/6には上り子と呼ばれる男子が、松明をもって階段を駆け下りる祭りが行われるそう。

女人禁制、参加する場合も肉食を断ち、慎んだ行いで身を清めることが求められるそうです。

当方は、毎日登り降りしている年配の方にガイドしてもらうことができました。

サルタヒコのお導きのようですね。(当社摂社にサルタヒコがまつられています)

かき氷を食べよう!

熊野速玉大社と神倉神社の間に、仲氷店というお店があります。

地元の何気ないお店ですが、かき氷西日本ランキング9位にランクインしたというスゴイお店。

名水百選にも選ばれている水から72時間かけて凍らせた純氷をつかい、自家製のシロップで仕上げ。

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都心なら千円以上しそうなかき氷が、なんと数百円中盤でいただけてしまいます!!

和歌山県新宮市新宮551−12(駐車所はありません)


 

熊野那智大社

熊野信仰の中心をなす一社。

山の中腹にあり、大自然に囲まれながら、眺めもすばらしい。

熊野三山は、山にこもって厳しい修行をおこなう修験道がもっとも発展した地でありますが、当社にその名残をとても強く感じました。

和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山1(駐車場あり)

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初代天皇が即位された時に、那智の滝をオオナムチ神とみたててまつったのが、那智山信仰の始まりとされます。

社殿ができたのは今から約1700年前で、クマノフスミ神を主にまつります。

この神様はイザナミ神とも解釈されるようです。

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熊野といえばヤタガラスその2!

見方によっては熊野を制圧した一味のシンボルであるヤタガラス。

そのヤタガラスが熊野三山の神紋になっています。

せめて本来あったものの名残を……と考えそうですが、微塵もかけらもない。

なんとも不思議ではありませんか?

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こちらも大変立派なご神木。

鳥居をくぐり階段を降りると、ご神木の幹の中を通り抜けることができます。

ただし有料であります。

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遠くに那智の滝を見つけることができます。

こちらで気持ちを高めてから、飛瀧神社へと参りましょう!


 

飛瀧神社

鳥居を目の前にすると、早く先へすすみたい!と胸が高鳴ります。

参道に立ち並ぶ巨木、徐々に聞こえている滝の音を堪能しながら一歩一歩進みましょう。

和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山1(駐車場あり)

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熊野那智大社のはじまりはこちらが起源。

大きな滝をオオナムチ神とみたててまつりました。

瀧が御神体であり社殿はありません。

岩壁はマグマがつくった火成岩でできており、落差は133m、滝壺は深さは10m、水量は1t/秒。

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那智の滝には、有料になりますが近くまで寄ることができます。

本来、那智の滝とは、滝ごもり修行の場として使われた48の滝の総称だったそうです。

とても清々しく、眺めていると時間を忘れてしまいますね。

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参道にある巨木。

岩盤の上、土が浅いところに根を張った木は、このように根が表面に出てくるそうです。

偶然かもしれませんが神聖な場所でよく見かける気がしますね。

すっと思い出せるのは鞍馬山とか。


 

大斎原

熊野本宮大社の跡地になるのが当地、大斎原(おおゆのはら)。

当方はこちらを最初に参拝してしまいましたが、

  1. 熊野本宮大社
  2. 産田社(この記事では写真なし)
  3. 大斎原

の順番で参拝するのが望ましいようです。

和歌山県田辺市本宮町本宮431(駐車場あり…だったと思います)

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熊野本宮大社明治22年に洪水で流されてしまい、その後、場所が変わりました。

その変わる前の場所がこちら。

現在も一部の神さまがまつられ、神事も継続されています。

境内は撮影禁止。

たくさんの神社を参拝してきていますが、こちらの清々しさは……ハンパないです!!

洪水で被害を受けたのは、中四社、下四社。

その他摂社が、大斎原にまつられ、上四社は移動となった熊野本宮大社にまつられます。

おそらくこれが、参拝順の背景かと想像します。

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熊野の神はこの地のイチイの木の枝先に、3枚の月形となって降り立ったと伝えられるのは、崇神天皇の時代(紀元前)のこと。

こちらの鳥居は高さ33m、日本一の高さを誇ります。


 

熊野本宮大社

移動でこの地にやってきた…とは思えないほど、風格のある神社です。

神道、仏教、修験道をこえた信仰がここにありと感じ、社殿を前にすると頭を下げることしか思い浮かばない……という感じでありました。

和歌山県田辺市本宮町本宮1110(駐車場あり)

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熊野三山の筆頭であり、全国にある熊野神社の総本社

崇神天皇の時代(紀元前)に社殿がつくられ、ケツミコ神を主にまつります。

この神様はスサノオ神とも解釈され、樹木を司どり、木の国(和歌山のこと)の語源もここからと伝えられます。

本殿は撮影禁止なので境内の雰囲気のみで……。

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熊野といえばヤタガラスその3!

熊野三山の各社には、それぞれデザインの違う熊野牛王符と呼ばれるお札があります。

火除け、盗難除けなどに使う場合と、誓約書に使われることもあったそうです。

熊野の神さまとの契約のうえに誓約を交わすわけですから、とても重みがあったことでしょう。

ところが三種類のお札、サイズがバラバラなのをなんとかしてもらえないでしょうか……。


 

玉置神社

熊野本宮大社から約50分北上し、より深く山へ入ります。

駐車場から本殿までは約15分ほど歩きます。

また、参道をすすまず玉置山頂経由で、玉石社、本殿、というルートもあります。

当方としては、後者をおすすめします。

奈良県吉野郡十津川村玉置川1番地(駐車場あり)

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ヤタガラスに導かれたカムヤマトイワレヒコが立ち寄り、神話につたわる十種神宝(とくさのかんだから)の「玉」を置いて武運祈願したことが由来、とされる玉置神社。

クニトコタチ神、イザナギ神、イザナミ神を主にまつります。

熊野三山奥の院ともみなされ、太古からの信仰の地。

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玉置山の中腹にある玉石社。

社殿はなく玉石に礼拝します。

玉置神社はこちらが起源であると伝えられます。

このあたりで不思議な体験をされる方が少なくないとか。

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玉石社のすぐ横にある三ツ石神祠。

磐裂神(イハサクノカミ)をまつると書かれています。

なにやら激しさを感じるご神名でありますね🙏

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玉置山には巨木が立ち並びますが、もっとも印象的なのがこちらでありました。


 

さいごに

本記事で登場した神社をまわることで、おおよそメジャーなところは参拝したと思ってよさそうですが、熊野に関する書籍を読むと、真の熊野を感じるには、忘れ去られつつある地に立ち寄ることが必要そうであります。

次回はそういったところにも立ち寄れたらと思います。

【募集】大阪 神社めぐり会 のご案内

当ブログ著者であり、ゆる神社速報の管理人による、定期神社めぐり会です。

よくわからないけど神社好き、神社気になる、神社をもっも知りたい!そんな方々で集まって、ゆるく交流しながら神社を参拝、そして神さまと仲良くなる機会になればと思っています。

約2時間程度のイベントです。お気軽にご参加ください。

 

次回の予定「比売許曽神社」

日時
2018年5月12日(土)
9:00 集合
11:00 解散予定

集合場所
JR 鶴橋駅 中央改札口
https://goo.gl/maps/S6PhhwgYVXs
JR 大阪駅から15分程度です。

大阪市東成区の「比売許曽神社」へ参ります。

祭神は下照比売命(シタテルヒメノミコト)でありながら、この神さまをまつった背景よりも、阿加流比売命(アカルヒメノミコト)について話題になることが多い神社。

もはや正確なことはわからないのでしょうが、可能な範囲でわかることはまとめて、当日シェアしたいと思います^^

神さまと神社について簡単に学んでから、参拝をします。

崇敬心をもって神社へお参りしますが、リラックスして参りましょう〜

 

お申し込み方法

以下の参加連絡フォームからご連絡ください。
https://goo.gl/forms/FtYBKld9mNJbKaxk1

 

今後のスケジュール

  • 2018/6/2(土) 枚岡神社 (9:00-12:00)
  • 20187/14(土)
  • 2018/8/4(土) or 8/5(日)

 

過去の開催記録

 

さいごに

イベント主催者の素性を確認したい場合は、以下のページよりご確認いただけます。 https://jnagano.com/profile

【京都・神社巡り】伏見稲荷大社、稲荷山、お稲荷さんに関するあれこれ

伏見稲荷大社、稲荷山、お稲荷さんについて調べたことをまとめてみました。

追求すれば本が何冊か書けてしまう程の深みありなのがお稲荷さんですが、まずざっくり知りたい方にご活用いただければと思います。

また、正確には稲荷山について網羅しているまとめではありません。

その代わりというわけではありませんが、境内マップには掲載がない場所についても触れていますので、お楽しみいただければと思います。

 

鎮座地

京都府京都市伏見区深草藪之内町68
Googleマップで地図をみる

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祭神について

伏見稲荷大社は五柱の神様をまつる

  • ウカノミタマノオオカミ
  • サルタヒコノオオカミ
  • オオミヤメノオオカミ(アメノウズメ)
  • ノオオカミ
  • タナカノオオカミ

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どんな神様なのか?

  • お稲荷さんのご利益は様々で、諸産業の神さまとわれていますが、本来は「穀物」を担当する神さまです
  • 伏見稲荷大社ができた時の伝承にも稲の話が出てきます
  • お稲荷さんへ行ったら、穀物をはじめとする、食べ物に感謝するお祈りをするのがよいと思います
  • 五柱の神さまも、それぞれ由来があるのですが、タナカノオオカミについては、はっきりとしたことがわからずで謎の神さまであるらしいです

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千本鳥居

  • 願い事が「叶った」「通った」の御礼として、鳥居をおさめる習慣が江戸時代以降に広がった結果
  • 現在は約1万基の鳥居が、お山の参道全体に並んで立っています

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奥社奉拝所

  • 古くは、山も神さまと考えられ、この先の稲荷山もそのように考えられました
  • ここは山にお祈りを捧げる場所
  • 山に何を祈るんだ?と思う部分もありますが、自然への感謝や、山の幸への感謝などをお祈りするのがよいかと思います

 

神宝神社

 

塚について

  • 神社とは違う
  • イナリオオガミに別名をつけて信仰する人々が、石にそのお名前を刻んで奉納したもの
  • 平安時代に始まったもので、江戸時代以降、爆発的に増えた。1万程度あるらしい
  • 親塚は、塚の親玉みたいもの

 

大岩神社

  • 伏見稲荷大社の領域ではありません(稲荷山でもないと思います)
  • 正確なことはわかりませんが、伏見稲荷大社ができる前から、神様がおりる場所とされてきた場所と思われます
  • 現在は、大岩神社と呼ばれ、オオナムチノカミが祀られる(出雲大社の神さまと同じ)
  • 神社に建物が現在の感じになったのは、仏教が日本に入ってきてから(530-550年代のこと)
  • それ以前にも、建物はありましたが、神さまは山、大きな岩、大きな木、などに降りてくるものと考えられていたそうで、そういった時代の名残がある場所、ということ
  • そういった場所に作られた神社もあるし、神さまを呼ぶ場所として作られた神社もあります

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なぜ狐?

  • これに正確に答えるのは困難、色々な話があります
  • 山の神と、田の神の話に狐が登場
  • 食物の神さまと、狐の神さまを同一視
  • 狐が神さまのお告げもってきた、狐に取り憑かれた、など狐が何かと流行った
  • お稲荷さん=狐、という誤報も広まった
  • お稲荷さんをまつる総本社、おおもとじめが伏見稲荷大社。711年に創建されるが、それから1300年の間、調べてみると12段階程度の変化をとげています。そういった中で、狐という存在と混ざり合ってきたもの

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油揚げ

  • 狐の好物は、鼠の油揚げと考えられ、狐を捕まえるのに使われました
  • このことから、稲荷の神使いである狐に、油揚げが供えられました
  • いなり寿司の由来もここからきてるそうです

 

  • 1468年の応仁の乱の最中、伏見稲荷大社と、稲荷山にあった社殿はすべて焼かれてしまいました
  • 再興はされませんでしたが、明治時代にその跡地七ヶ所を確定しました
  • その場所に親塚と呼ばれる、塚が作られました

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さいごに

伏見稲荷大社、稲荷山、お稲荷さんの記事はこれでおしまいです。

お参り、楽しんでくださいね〜

【愛知・神社巡り】草薙剣のルーツ探求ツアー

今回のご紹介する氷上姉子神社は熱田神宮の境外摂社にあたりますが、熱田神宮の前身となるエピソードをもつ神社です。

熱田神宮草薙剣 (くさなぎのつるぎ) を御神体とする神社であり、草薙剣は日本の歴代天皇が継承してきた三種の宝物の一つ。

これは我が国にとって国の体裁にかかわる、とてつもなく重要な物です。
草薙剣には別名がいくつかあり、代表的なものに天叢雲剣 (あめのむらくものつるぎ) があります。

氷上姉子神社は熱田神宮にとって元宮と呼ばれる神社です。

原点であり、より深い歴史がありますので、神社好きにはたまらない存在のひとつといえるでしょうし、知っているとちょっと自慢できるかもしれません(笑)

そんな当社は五社で構成され、是非すべてお参りしたいところ。

今回はその五社をめぐる旅をご紹介したいと思います。

現地ついてから急いでまわれば45分ぐらいでば全てまわれると思いますが、1時間みておくとゆっくりまわれると思います。

住所:
愛知県名古屋市緑区大高町火上山1-3
駐車場あり

 

氷上姉子神社・本殿

創建は195年、現在の地に落ち着いたのは690年。

尾張の開拓神ホアカリ神の子孫で、尾張の長官であったオトヨ神の館跡に、ミヤズヒメ神をまつったことが始まりです。

現在の社殿は明治26年熱田神宮改造時までの、別宮八剣宮の本殿を移築したものだそうです。

氷上姉子神社・神明社

本殿がある境内を西側の鳥居から出ると、道を挟んだ対面に鳥居があります。

この先へ進んで少し歩き、火上山へ入ると神明社があります。
( 小さな山なのでご安心を )

こちらにはアマテラス神がまつられます。

スサノオ神がヤマタノオロチを退治することで手にした剣、これはアマテラスに献上されました。

その後、剣は神宮(伊勢)に納められていましたが、ヤマトタケル神が神宮参拝時にヤマトヒメ神より授かります。

駿河国の危機でこの剣は大活躍し、そのエピソードに由来して草薙剣 (くさなぎのつるぎ) と名付けられました。

ヤマトタケルはミヤズヒメと結婚し、ヤマトタケルはミヤズヒメに草薙剣をあずけて次の賊征伐へむかいますが、その先で病を患い帰らぬ人となってしまいます……。

氷上姉子神社・元宮

神明社より更に先へすすむと、元宮にたどり着きます。

こちらにミヤズヒメ神がまつられ、そしてこの地は、ミヤズヒメの住まいだったとされています。

愛する夫をなくしたミヤズヒメは、草薙剣の霊威にかしこまり、床を設け安置。

その後現在の熱田神宮の場所へ剣をうつし、奉仕に務め生涯を終えた……とされています。

ヤマトタケル草薙剣の役割はとても重大だったと想像しますし、ミヤズヒメの奉仕も理解はできるのですが、草薙剣はカタミとなったわけなので、そこに添い遂げるのは夫への愛だったのではないかなぁ……と想像してみたいところでもあります。

一夫多妻の時代でしたが、それゆえに女性の一途な思いはより際立ったのではないでしょうか。

改めてお伝えしますが、こちらが草薙剣の守護始まりの地、ここで何らかの霊威を感じる方もいらっしゃるようです。

氷上姉子神社・朝苧社

本殿の東側の住宅地内にある朝苧 (あさお) 社。

まつられるのはヒカミウバ神。

はっきりとしたことはわからないのですが、土地の神さま説と、ミヤズヒメのお母さま説があるようです。

Googleマップで位置は確認できるのですが道が途切れているので、どこから行くのかとてもわかりにくいです。

社務所で尋ねると道順を教えてくれますが、社殿の北西にあるほぼ私道と思われるところから森へ入っていくような感じになります。

車を停めるところはないので歩いていきましょう。

森は少し荒れているので足もとに気をつけてください。

神明社、元宮のある火上山はとても大事な場所だと思いますが、こちらもこの土地に住まわれる方々には大事な場所である気がします

 

氷上姉子神社・玉根社

本殿がある境内の西側の鳥居を出て通りを右にすすむと、熱田神宮に供えられるお米を作る大高斎田 (おおだかさいでん) があります。

これを越えるとスクナヒコナ神がまつられる玉根社があります。

ここにまつられる由来ははっきりとわかりませんが、国づくり、知識、医薬、穀物などにまつわる神さまです。

指導者的な神さまが、神聖なお米をつくる田んぼを見守る……。
なんだか良い感じですね。

古い書物によると他にも摂社末社があったようなのですが、現在確認することは難しいようです。

 

住所の秘密

氷上姉子神社は「火上山」にあります。

住所は「火」がつくのに、神社の名前は「氷」、あれれ?な感じですね。

いつ頃のことかまでは調べていないのですが、当地では民家がたびたび火事にあったことから、「氷」に変えたことがあったのだそうです。

神社の名前はそれに由来し、住所は現在、元来の「火上山」となっているのだそうです。

火上山という地名は、前述のホアカリ神 = 天火明命 に由来しているのでしょうか。

 

草薙剣にまつわるもう一つの神社

水無神社

草薙剣が保護された場所は、氷上姉子神社、熱田神宮の他にもう1社あります。

それは岐阜県高山市にある水無 (みなし) 神社です。

こちらで草薙剣が守護されたのは1945年8月22日〜9月19日だそうです。

ポツダム宣言を受諾し、マッカーサーが厚木に降り立つ約1週間前に、熱田神宮から移されたそうです。
その目的は避難。

国の体裁がどうなるのかわからない時期のことでありました。

【静岡・神社巡り】地底の龍神ツアー熱海編

静岡県熱海市で欠かせない二社をご紹介します。

いくつかの伝承、富士山と近隣の関係、わからないことも多いですが、とても興味深い土地である熱海。

街としては枯れ果てそうな時期もありましたが、現在は再生し大変な盛り上がりをみせています。

いくつかの要因が推測されていますが、土地と人々のエネルギーが活性化した結果ではないでしょうか。

 

伊豆山神社から来宮神社は車なら15分。
電車の場合は45分、バスなら30分程度のようです。

伊豆山神社の参拝は最低30分、本宮に行くなら+往復2時間みた方がよいでしょう。

来宮神社は30分あればゆ〜っくりとまわれますね。
境内にカフェもあるのでお茶するのにも最適です。

 

伊豆山神社

とても奥が深い神社で、熱海〜伊豆の地を語るには欠かせない一社といえそうです。

創建は不明ですが、社伝によれば孝昭天皇の時代 (紀元前5〜4世紀) とされています。

伊豆という名称は「湯出づる神」である当社に由来するそうです。

平安時代後期 (1000年以降) に山岳修験霊場として有名になり、熊野信仰とも結びつき全国に末社があります。

関八州 (おおよそ関東地方のこと) の総鎮護とされていました。

鎮護は仏の力に頼る概念なので、仏教色の強い一面があったようですね。

住所:
静岡県熱海市伊豆山708-1
駐車スペースあり

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現在はアメノオシホミミ神とその家族がまつられていますが、伊豆大権現、伊豆御宮、伊豆山、走湯大権現などと呼ばれる神さまがまつられていたそうです。

山、温泉、漂流物への信仰が混ざり合っていった、と考えられそうです。

鎌倉幕府 (1185年〜) の将軍が毎年正月恒例の行事として、伊豆山神社箱根神社に参拝したそうです。

これを二所詣といい、源頼朝から始まりました。

戦国時代には後北条氏、江戸時代には徳川氏からも崇敬され、武家が誓をたてる起請文 (誓約書のようなもの) には、当社の名前が書かれました。

神に誓って……ということだと思いますが、とても強い力があると信仰されていたのだと想像します。

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手水舎に龍は珍しくないですが、赤白二体はなかなかお目にかかれません。

これは伊豆山の地底に赤白の二龍が和合して横たわっている、という伝承に由来するそうです。

おそらくこの龍は富士火山帯に関するもので、調べると周辺地域との関係がみえてきてとても面白いです。

走湯山縁起 (鎌倉後期) という古文書によれば、伊豆山の地底には赤白二龍が和合して横になっているとされています。

尾は箱根の湖水 (芦ノ湖) に漬け、頭は日金山の地底にあり、両目、二耳、鼻穴、口中にあたる場所には温泉がわいているとされています。

熱い海と書いて、熱海。
これも温泉のことでしょうか。

富士山から来宮神社まで直線のラインを引き、その先にあるのは錦ヶ浦。

二龍が精気を吐き、赤白海水に交わる、これが二色浦 (錦ヶ浦) の由来になるそうです。

また二龍はアメノオシホミミの随神 (=守り神だと思います) と言われ、赤は火を、白は水を表し、火と水の力でお湯を生み出す温泉の守護神に繋がります。

伊豆山神社箱根神社の神さまをチェックすると、血筋のつながりを発見することができます。

伊豆山神社の神さま

箱根神社の神さま

  • ニニギ神
  • コノハナサクヤ神(嫁)
  • ヒコホホデミ神(息子)

伊豆山神社箱根神社は繋がりが深いといえそうです。

箱根には九頭竜神社、熱海には海底遺跡、錦ヶ浦の先にある初島・龍神宮の剣城伝承、また初島は三島の天地創世にも登場、富士山から東南のラインはとてもミステリアスです!

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境内にある電電社。

鎌倉時代の歴史書には「光の宮」という別名が記載され、当神社の神さまである伊豆大神の荒ぶる一面がまつられています。

火山帯とあわせて推測すると、不思議な自然現象が起こったと想像できないでしょうか。

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高麗山から道祖神と共に来た神さまが降り立つ光石と伝わります。

道祖神についてはサルタヒコとアメノウズメと解説されていますが、高麗山の由来からすると渡来人のことを言っていると考えられそうです。

当社では「光」がよく話題にあがりますね。

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当社の神さまは初めに (近隣の) 日金山に降り、その後、本宮山を経て、現在の伊豆山にお鎮まりになったそうです。

本殿への参拝も大事ですが、当社の場合、(写真にある) この先の本宮へ参ることで伊豆の神さまの本質にせまることができそうです。

残念ながら足をすすめることができなかったので……次回かならずや……。

 

来宮 (きのみや) 神社

全国に44社あるキノミヤ信仰の総本社。

坂上田村麻呂が勝利を祈願し、全国に分霊を祀ったことで広がったそうで、神奈川西部から伊豆半島に広く分布しているそうです。

木宮、貴宮、黄宮、木野宮、紀伊宮などと書かれ、おまつりする神さまは一定ではないようですが、樹木か漂着物にまつわる傾向があるそうです。

また、忌の宮として、物忌みに由来する説もあると言われます。

物忌みとは、一定期間飲食や行為を慎み、不浄を避けて心身を清浄に保つことをいいます。

来宮神社の場合は、伝承からすると漂着物に由来するようです。

住所:
静岡県熱海市西山町43-1
駐車スペースあり

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創建は定かではないようですが、710年にイソタケル神をまつったことが神社としての始まりになるそうです。

熱海の海に木像らしいものが流れ着き、また童子があらわれイソタケルを名乗る。

童子が「波の音が聞こえない地にある、七体の楠の祠にまつれ」と言われ、探し行き着いたのが当地、という伝承によるものです。

しかしオオナムチ神が家をかまえたと言われ、神木の樹齢は2000年、熱海の地主神と記録されていること、周辺事情などから考えると、もっと前から特別な場所だったのではないかと想像します。

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樹齢は2000年。
本来は創建の伝承にも大きく関わる7本の楠があったそうですが、地元民の訴訟費用を捻出するために5本が切られてしまいました (1800年中頃) 。

現在の1本も切ろうとしたところ、白ひげの老人が現れ……といった伝承が残っています。

事情はいろいろあったのでしょう。残る楠に感謝であります。

イソタケル神は樹木の神さま、木を連想させるキノミヤ。

同じ神さまをまつる伊太祁曽 (イタキソ) 神社とも何かご縁があるような気がしますね。

 

おまけ

もう少しディープな熱海に触れたい方には、興亜観音をオススメします。

詳しくはホームページをご覧ください。
http://www.koakannon.org/